S21 and Killing Fieldで歴史を学ぶ

S21(トゥール・スレン虐殺犯罪博物館へ)

私がプノンペンに来て、もっとも行くべきところだと思っていた博物館。

高校の時、私は世界史を選択して学んでいたのだけれど、

興味があって地理も半分だけ授業に参加していた。その時の

そのお二人の社会の先生が、「カンボジアに行ったら訪れるべき」と、

おっしゃっていたのを忘れなかった私。

泊っているゲストハウスがやっているツアー(と言っても送り迎えの送迎だけ)に参加。

トップ写真ように、トゥクトゥクにゆられ….

S21(トゥール・スレン虐殺博物館)に行ってきた!

 世界記憶遺産に認定されている博物館。

入場料は、音声ガイドがついて8ドル。音声ガイドなしが安いですが、ガイドを聞くことをオススメします。

どこの学校にもありそうな、ただの鉄棒が実は「尋問のための道具」だなんて

言われないと分からない。

敷地内は「これは〇〇です」と説明するような看板はナシ。

入って驚くけれど、学校が尋問(虐殺)施設として使われていたらしい。

教室内には当時の様子を表す写真や、捕虜を収容するための牢屋がそのまま残されていた。

この石の壁の内側が収容部屋になっていた。もちろん狭いし、足を延ばして寝ることなんて不可能。床には足枷をつけるための金属製の輪っかが飛び出ている。

最初はこのように写真を撮れていたのだけれども、音声聞きながら進むにつれて撮れなくなってしまった。声もでない。

このように収容するための部屋(牢獄)を残している教室もあれば、

ここで尋問(虐殺)によって亡くなった方々の顔写真を展示している教室もある。

どのような虐殺が行われていたか、それを表した絵を飾っている教室も。

その絵は、生き延びた人によって描かれたらしいが、一体どんな気持ちで筆を握ったのか。

 私が驚いたのは当時、というのが1970年代だということ。

私が日本で学んだ、「似たような歴史」は1945年が最後である。

私はいわゆる冷戦の時代や、共産主義と民主主義の対立の歴史について、全く知らなかった。

もちろん、一概にすべてがこのことに起因する、とは言えないが。

教室内を歩いていると、ここで亡くなった人々の写真がじっとこちらを見ている、錯覚にとらわれる。

トゥクトゥクの運転手には1時間くらいで戻る、と伝えたけれども

私には2時間、見て周るには必要だった。


Killing Fieldへ

S21で、かなり精神疲労するが、お金も払ったし頑張って足を運んだ。

killin Field」という名前が、その施設について全て表していると思う。

当時のカンボジア人口の約3分の1が虐殺で亡くなったとされ、

その処刑場(Killing Fields /キリングフィールド)はカンボジア全体で300以上あったとされる。

私が、訪れたのはその300あるうちのひとつ。

施設内の入場料は音声ガイド付きで6ドル。

ぜひ、音声ガイドを聞きながら歩くことを勧める。

写真の真ん中の塔が慰霊塔となっている。

慰霊塔の中には、この地で亡くなったかたの頭蓋骨がおさめられている。

killing tree」

音声ガイドが、どんな場所だったのか説明してくれるが

とても想像できない。

 おおくの外国人女性が涙を流していた。

とても長い時間、いることは不可能だった。

私は写真やテレビではなく、実際に自分の目で見たかったから海外に旅にでた。

ホーチーミンやプノンペンで、それは間違っていなかったと思える。


まぁ、きを取り直して

そろそろアンコール遺跡に行こうではないか!

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