アユタヤ遺跡を巡る旅

タイ(アユタヤ)18日目/72日目

世界文化遺産アユタヤの遺跡群を歩いてきた。

タイの古い歴史の代名詞、ではないだろうか。

仏像が安置された遺跡というのはカンボジアのアンコール遺跡群と似ているが、遺跡の特徴はまったく違ったものだった。

ワット・プラ・マハタートとその隣の遺跡。

おそらくinstagramでアユタヤ遺跡を検索すると、必ずヒットするだろう、この遺跡。

破壊された仏像の頭を、菩提樹が長い年月をかけて、飲み込みながら成長したもの。

遺跡内で多く見かける仏像のほとんどは、破壊されている。

写真の仏像もおなじく。

歴史のよれば、隣国ビルマ(ミャンマー)によって、ほとんどの寺院(ワット)は破壊された。

写真のとおり、すべての仏像は首、もしくは上半身がない。

仏像が設置されるための「台座」だけが残っている場所もある。

歴史は勝者の残す記録である、ということを再認識する。

しかし…大きい。so big!!

1つ1つの仏塔が大きい…

階段で登れるものもあるが、中はまっくら。仏像が安置されていたのだろうか。

 チャオプラヤ川に囲まれたアユタヤは、かつて貿易で栄えた都市だった。

どの古代都市も同じだが、都市が発展するのは河が利用できる場所だ。

ナイル川、黄河、チグリス・ユーフラテスなど。

古代の主要な都市は河の近くで発展を遂げている。

ここ、アユタヤも例に同じだ。

この都市で、貿易で栄えた富の表れが、この遺跡群である。

ちなみに、この遺跡の建立開始は1300年代らしい。

それだけ時間が経過しているので、人が壊す前に仏塔は崩れることもあるらしい。

遺跡の前に映る人と比較すれば、仏塔がどれだけ大きいかよく分かる。

約600年も前の人々が、ショベルカーや重機なしで、どうやって建てたのか…

まぁ、しかし日本のお城も似たようなものだと感じる。

お城だって、重機なしで建てられているからね…

しかし、石の彫刻技術は凄い。

ほとんどの仏像は破壊されているが、数少ない残った仏像をみると、身体の細かなところから服の模様に至るまで、とても丁寧に彫ってある。

足の裏は、きちんと天にむけて造られており、どのような過程で造られたのか、まったくイメージできない。

今は崩れているが、昔は家のようになっていたらしい。

しっかりとした壁があって、屋根もあった。今では壁だけが、その痕跡を残しているが。

どの広場もある程度、広さに余裕をもたせて造られており、その広場にはかつて仏像が置かれていたであろう台座が残っている。

 上からみた景色。

壁に囲まれた広場の中にぽつぽつと台座が見える。

そして一番手前の台座には上半身だけが残った仏像が…。

隙間なく綺麗に詰められたレンガは美しい。レンガの色から考えて、建築当時はさぞ見事だっただろうに。

この日の夜にマルコというスイスから来た音楽マンと仲良くなり、一緒にナイトマーケットに繰り出した。

「ドイツのほとんどは安い」と言うから驚きである。

次の日は船にのって寺院を巡った。

 

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